投稿日:2008-07-05 Sat
「(そりとんサンは)おっとりしてるから」とヘルパーの仕事を始めて今の職場ではよく言われます。って振り返って見りゃ、最初にMacのコトを教えて貰った(も〜すぐ二十年近く昔になる)会社に就職決まった時も、社長さんに「お嬢」と呼ばれてたけど(な〜んか「良いトコのお嬢」に見えたんだと(爆笑))……。基本的にわたしゃ「おっとり」さんじゃなくて、マイペースで、周囲の状況を読まない(若しくは読めない)自己中心的タイプだと思うんだけどね。いや、自慢出来るコトでもないし、むしろマイナス要素だからそれなりに努力中なんだけど……。
で。最早昨日の話になるんだけれども、親父サンとそんな話をしていて(実は五月にフロアを異動して以来、時折職業選択を誤ったかと思うコトもあるから)、親父サン曰くは(自分が山口の出身だもんで)「県民性が出ている」からだと宣った……。親父は山口県は萩市の出身で、お袋さんは高知県宿毛市出身なんだけど、私自身は生まれは松山だけれども、幼稚園に入る前の、三歳までは東京とか千葉にいたし、その後高一の一学期までは新潟県は長岡市にいて、今に至るまでは大阪にいたから、親父サン曰くの「県民性」ってのは関係ないと思うんだけどね……。気質が出るとしたら「長岡市民」だろ〜と……。
今はど〜か知らないけれども、親父サンが若い頃は、「山口出身」ってだけで差別されてたんだって。その根本は明治維新だそうな……。親父サンも実際にまだ若手の頃、同郷上司の人に「『山口県人』というだけで『レッテル』を貼られるから注意した方が良い」と言われた事があるんだって。
なんつ〜か、「上から物をいう」体質だとか……。維新の時のやりとりが残っていて、「長州人は信用出来ん」ってのが当時の(ちなみに親父は昭和19年生まれだ)会社人の間ではまかり通っていたそうで……。
しかしね。両親の血筋がど〜であろ〜と、本人にはそんな気質は遺伝しないだろ〜と思うんだけど……。まぁ、ウチの母は、改めて思い返してみたら、結構「おっとり」さんだったかも、って親父と二人で納得したんだけどね。一応宿毛市は大海の漁師の網元をしてたのが私の祖父だもんで、昭和20年生まれの末っ子母はそれなりに大変だったとは思うけれども、八人兄妹全員が戦後の食糧難の中、上二人は戦争で亡くなってるけれども、他の兄妹は今も健在だから、やっぱり「良いトコのお嬢」だったんだと思う。苦労話は色々聞いたけどね……。
そんな母親に育てられた私ですが(新潟にいた頃は、親父サン県内を転々としてて、週末単身赴任状態が多かった)。
「おっとり」なのと「(自己中心な)マイペース」って絶対違うよね!不思議なのは友人はともかく、知人には「怒らない人」だと思われてるコトが多い事。目茶苦茶短気なのに〜〜!!!!!! だから職業選択間違えたかな?と思うことも多い最近……。評価を間違えられているのも結構なプレッシャーです。仕事は嫌いじゃないんだけれども、何だか場違いの場所にいる気がするんだよね。最近。こんな私がヘルパーの仕事なんぞして、お年寄りに接していて良いのかどうか……。今いる環境にも疑問点や不審点はあるし……。実力が伴わないってのも不安材料の一つではあるけどね。なかなかタイムテーブル通りに仕事が出来ない。けど、職員(=成人)にお年寄りのコトってのが解る訳がない。だって「違う」もの。矛盾点が多すぎて、今か〜なり混乱しています。
……大丈夫なのかな??????
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